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仙台地方裁判所 昭和60年(ワ)1501号 判決 1988年5月31日

原告

甲野一郎

原告

甲山二郎

右両名訴訟代理人弁護士

伊藤直之

被告

乙野春子

被告

乙川夏子

被告

乙山秋子

被告

乙谷冬子

被告

乙野春夫

右五名訴訟代理人弁護士

菅野敏之

菅野美穂

主文

一  被告らは原告甲野一郎に対し、各金一七七万二〇〇〇円(合計金八八六万円)及び内金一七一万二〇〇〇円(合計金八五六万円)に対する昭和五六年一月一日以降完済までの年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは原告甲山二郎に対し、各金一八九万六五一六円(合計九四八万二五八〇円)及び内金一七三万円(合計八六五万円)に対する右同日以降完済までの同割合による金員を支払え。

三  原告甲山二郎のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は被告らの負担とする。

五  この判決の第一、二項は仮に執行することができる。

事実

一  申立

原告らは、主位的に主文第一、二、第四項と同旨(但し、原告甲山の請求額は「各金一九三万二〇〇〇円(合計金九六六万円)」)の判決及び仮執行の宣言を、予備的に、「被告乙野春子、同乙山秋子、同乙谷冬子は、原告甲野に対し、各金二九五万三〇〇〇円(合計八八五万九〇〇〇円)及び内金二八五万三〇〇〇円(合計八五五万九〇〇〇円)に対する昭和五六年一月一日以降完済までの年五分の割合による金員、原告甲山に対し、各金三二二万円(合計九六六万円)及び内金二八八万円(合計八六四万円)に対する右同日以降完済までの同割合による金員を支払え。」との判決を求めた。

被告らは、「原告らの各請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。

二  主張

(請求の原因)

1  訴外亡乙野夏夫(以下単に「夏夫」という)に対し、原告両名はそれぞれ、昭和四八年頃から昭和五八年までの間に多数回にわたり、現金の交付または電信為替による送金の方法で金銭を貸与した。

そのうち、昭和五五年七月八日までの累計額は、原告甲野の貸与分が八五六万円、原告甲山の貸与分が八六五万円であつた。そこで夏夫は、同日原告らとの間で、右各債務を目的として準消費貸借契約を締結し、これらを同年一二月三一日までに弁済する旨約した。

右以外の貸与金は次のとおりである。

(一) 原告甲野分

昭和五六年八月一一日 三〇万円

(二) 原告甲山分

昭和五五年七月一一日 一五万円

昭和五五年七月三〇日 一〇万一〇一〇円

同年八月一三日 五万〇八一〇円

同年一二月二九日 三万〇七六〇円

昭和五六年六月二〇日 二〇万円

同年七月二八日 一五万円

同年七月三〇日 五万円

同年一二月一二日 一〇万円

((二)の小計八三万二五八〇円)

2  夏夫は昭和五八年五月二三日死亡し、その父乙野秋夫において右債務全部を相続により承継したが、同人も同年一〇月一九日死亡したため、同人の子である被告五名が右債務を五分の一づつ相続により承継した。

仮に、右乙野秋夫、被告乙川、同乙野春夫に民法八九一条一号所定の相続欠格事由があるとすれば、その余の被告らが三分の一づつ相続・承継した。

3  よつて、原告甲野は前記貸金合計額八八六万円につき被告五名に対し五分の一に当る一七七万二〇〇〇円づつ、もしくは被告乙野春子、同乙山、同乙谷の三名に対し三分の一づつ、及び内金八五六万円の五分の一もしくは三分の一に対する約定弁済期の翌日たる昭和五六年一月一日以降完済までの民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告甲山は前記貸金合計額九六六万円につき被告五名に対し五分の一に当る金一九三万二〇〇〇円づつ、もしくは被告乙野春子、同乙山、同乙谷の三名に対し三分の一づつ、及び内金八六五万円の五分の一もしくは三分の一に対する右同日以降完済までの同割合による遅延損害金の支払を求める。

(答弁)

1  夏夫が原告らからどのような借財をしていたかは不知。但し、被告らとしては一介の俸給生活者にすぎない原告らが、主張のような多額の金員貸与をするだけの資力があつたのかどうかにつき疑問を抱かざるをえない。

加えて、原告らは夏夫と高校時代同級であつたということ以上の関係がなかつたのであるから、その程度の間柄にすぎないのに多数回にわたり多額の貸金をしたとすれば、それは警察にも届出ることの出来ない何らかの理由で夏夫から脅し取られていたためであると思われる。そうであれば、夏夫の行為は不法行為に該当し既に三年の消滅時効が完成したので、被告らはこれを援用する。

2  夏夫及び秋夫の各死亡並びに同人らを被相続人とする法定相続の関係が原告主張のとおりであることは認めるが、秋夫及び被告らが順次夏夫の債務を承継したことは否認する。

(抗弁)

夏夫は秋夫の子であり、妻子がなかつたので、夏夫と秋夫は相互に法定相続人・被相続人の関係にあつた。

秋夫は、被告乙川、同乙野春夫と共謀の上、昭和五八年五月二三日故意に夏夫を殺害し、その殺人被告事件において自己の罪状を認めたが、同年一〇月一八日第一審の公判審理が終結した日の翌日自殺した。そのため、秋夫につき同年一一月八日公訴棄却の決定がなされた。

右被告事件には違法阻却事由がなく、秋夫が刑に処せられるのは必至であつたから、同人は相続欠格により夏夫の相続人となることはできず、したがつて夏夫の債務を相続により承継しなかつたので、秋夫の相続人である被告らも右債務を承継していないことになる。

なお、被告乙川、同春夫に対しても刑事公訴がなされ、執行猶予付の有罪判決がなされた。

(抗弁に対する原告らの答弁と反論)

1  乙野秋夫及び被告乙川、同乙野春夫が共謀の上夏夫を殺害したこと及び被告乙川、同春夫に対し執行猶予付の有罪判決のあつたことは認める。

被告人秋夫に関する刑事事件の経過は被告ら主張のとおりであろうと思われるが、公訴棄却の決定や免訴判決がなされた場合には相続欠格の問題は生じないので、被告らの抗弁は理由がない。実際にも、被告らは秋夫死亡後の昭和五九年二月二〇日、夏夫の不動産持分につき昭和五八年五月二三日相続を原因として夏夫から秋夫に対する持分移転登記手続をなし、次いで秋夫から被告らに対する同内容の手続をしている。このように、解釈上も、被告らの意識としても、相続欠格は問題となつていないのに、積極財産につき利得を収めながら本件債務についてのみ欠格を主張するのは制度の趣旨に反し許されない。

のみならず、相続欠格制度の中心的意義は、個人法的財産取得秩序を破壊し或いは危殆に陥れることに対する制裁である。したがつて、消極財産の額が積極財産の額を超過し或いは消極財産だけの場合は、相続欠格制度の適用はないということができる。夏夫の財産状態はこのような場合に該当するので、本件に相続欠格は生じえない筈である。

2  相続欠格事由を定めた民法八九一条の「故意」は、殺害についての故意だけを意味するのではなく、相続上有利になろうと不利を免れようとする故意をも含むものである。秋夫及び被告乙川、同春夫らに右後者の故意はなかつたから、同人らはいずれも相続欠格者ではない。

また、秋夫についてはその死亡により公訴棄却の決定があつたので、同人が右法条所定の「刑に処せられた」者に該当しないのは明らかである。

更に、被告乙川、同春夫に対し執行猶予付の判決がなされていることからも明らかなとおり、夏夫の生前の素行及びこれに基因する秋夫らの犯行動機からすれば秋夫に対しても刑の執行を猶予する旨の判決がなされたに相違ないと思われる。執行猶予付の判決であれば、「刑に処せられた」との要件は充足されず、少くとも執行猶予期間の四年(甲第一三九号証参照)が既に経過して刑の言渡が効力を失つたこととなつた現在では、秋夫、被告乙川、同春夫は相続欠格者とならなかつたというべきである。

三  証拠<省略>

理由

一<証拠>を綜合すれば、原告甲野及び同甲山から夏夫に対し、原告ら主張どおりの金員貸与がなされ、昭和五五年七月八日までの貸与残額累計額につき、同日原告らそれぞれと夏夫との間で準消費貸借契約を締結し、夏夫はこれらを同年一二月三一日までに弁済する旨約したことが認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

被告らは、消滅時効の主張をなし、その前提として夏夫の債務は不法行為により生じた債務であると主張するが、訴訟物は原告のみが設定しうるのであるから、右主張は抗弁とならず、積極否認としての意義以上には出ないものである。

二夏夫が昭和五八年五月二三日に死亡し、その法定相続人である父乙野秋夫が同年一〇月一九日死亡したこと、秋夫の法定相続人は秋夫の子(夏夫の弟妹)である被告五名だけであること、以上の事実は当事者間に争いがない。

三そこで抗弁について判断するに、秋夫及び被告乙川、同春夫が共謀の上夏夫を殺害し、右被告両名に対し執行猶予付の有罪判決があつたことは当事者間に争いがなく、秋夫につき公訴棄却の決定があつたことは弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。

被告らは、右殺害の事実に基づき、秋夫、被告乙川、同春夫が相続欠格者であるというのであるが、被告らにはこの主張適格がないといわなければならない。けだし、相続欠格の制度は、民法八九一条所定の非行をした者もしくはその承継人が相続権又はこれに基づく権利の主張をするのを封ずるためのものであり、したがつて、相続欠格の主張をなしうるのは事の性質上右権利主張の相手方に限られると解すべきであるからである。すなわち、相続欠格の制度は、右非行をした者自身もしくはその承継人が義務を免れるために利用しうる制度ではないのである。この理は、例えば詐欺又は強迫によつて包括遺贈をさせた法定相続人が、遺言者の負つていた債務の履行を求められた場合に、自分は相続欠格者であると主張する事例を考えれば、容易に理解可能であろう。信義則違反等の一般条項を持ち出すまでもないことである。又「主張適格性」そのものに関する理解に資するために付言すると、代理行為の効果を享受しようとする本人が、代理権の授与又は無権代理追認の主張をしないで、何故か表見代理の主張(表見代理は相手方保護のためのものであるから、これを主張しうるのは相手方のみである)をした実例があり、このような場合には主張自体意味のない失当なものとして排斥すべきであると考える。

当裁判所は右のとおり解するのであるが、当然別の解釈もありうるので念のために付言すると、本件の特殊事情として、被告らは、夏夫の積極財産につき、同人を被相続人、秋夫を相続人とする第一の相続登記手続と、秋夫を被相続人、被告らを相続人とする第二の相続登記手続をしている(この事実は成立に争いのない甲第一二八ないし一三四号証によつて認めることができる)ので、この事実に徴すると、信義則上被告らは相続欠格の主張をする適格性を喪失したというべきである。

したがつて、被告らの抗弁は主張自体失当であり採用することはできない。

四一、二で判示した事実関係からすると、原告らの主位的請求は理由があるのでこれを認容し(但し、原告甲山請求分については違算があるので、超過分は棄却する)訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官小林啓二)

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